演 題:モンゴル抑留 見捨てられた死者たち
📅 日時:2026年7月16日(木) 14:00〜15:30
講演会概要
悲劇はシベリアを上回っていたのに……。
第二次世界大戦後、日本兵らがソ連のみならず、モンゴルへ抑留された事実はほとんど知られておらず、歴史の闇に埋もれている。その数、約1万4000人。数合わせのために民間人も「日本人狩り」によって無差別に連行され、1割以上におよぶ。そして、食べ物も零下30度以上にもなる極寒をしのぐ衣服も寝具も何もない「絶望の国」で、過酷な重労働のノルマにあらがうことができなかった抑留者たちは8人に1人が命を落としたのである。
にもかかわらず、戦後の日本政府は、北方領土問題を棚上げにしてまで残留日本人の帰還、にこぎつけたソ連とは異なり、モンゴルの抑留者の帰還について、モンゴル政府に直接交渉をしたことはない。死亡者の実態解明も、講師が2017年10月、モンゴルの公文書館に日本政府が入手していなかった死亡記録が存在していることを情報提供するまで、一度たりとて、現地に記録調査のための職員を派遣したことがなかった。まさにモンゴルで斃れていった抑留者たちは、母国の冷淡な姿勢に「見捨てられた死者たち」だったのである。
背景には、モンゴルの独立を認めていなかったので、「戦争の相手国ではなかった」という日本政府の自己矛盾を起こしかねない外交上のスタンスがある。モンゴル政府が求めていたノモンハン事件以降の8000万ドルという戦時賠償を経済協力という「カネ」で解決することにより、1972年2月、国交樹立交渉をわずか10日間でスピード決着させた。その代償として、抑留者に対する調査の請求権は放棄され、今の今まで、抑留問題に関して、日蒙両国が交わした外交文書は何もない。
このままでは、昨年7月、天皇皇后両陛下が現地の日本人死亡者慰霊碑で追悼の祈りを捧げられたとしても、モンゴルで亡くなった人たちは永遠に「存在しない戦争相手国」における犠牲者のままなのである。
講師は、新書で「魂の叫び」を吐露している。
(前略)「戦争の犠牲者」だということが国民から忘れ去られてしまった死者たちは二度、殺されてしまったのと同じではないか……。この人たちの「死」がそもそも国家にも国民にも正当に扱われなければ、永遠に浮かばれまい。
モンゴルの亡くなった犠牲者は、協会の多くの会員の出身地である満蒙在住者が少なくない。「知ってしまった者の務め」として、「私一人だけでも見捨てたくない」と膨大な労力と私費を投入して、自らを鞭打ってきた講師の訴えにどうか耳を傾けていただきたい。

講師プロフィール
ジャーナリスト。1955年、福岡県生まれ。京都大学文学部卒業後、78年、読売新聞大阪本社入社。社会部で主に調査報道を担当。論説委員、編集局次長、編集委員を経て2020年退社後、北海道在住。
新聞記者時代から丸10年にわたり、モンゴルでの日本人抑留の解明に挑み、モンゴルの公文書館で捜し出した抑留者の死亡記録や新たな埋葬地の情報を5度、日本政府に情報提供。モンゴルのKGBといわれるモンゴル諜報庁にも日本政府に先んじて、足を踏み入れ、抑留死亡者の記録の提供を求めた。
さらに自作のホームページ「モンゴル抑留死亡者名簿」で政府を上回る1839人の死亡者の情報を公開。全国を回って遺族に無償で死亡記録を届ける「死亡記録配達人」の取り組みを続け、これまでに北海道、埼玉、千葉、新潟、岐阜、兵庫、和歌山、大阪、兵庫、長崎、鹿児島の11道府県の抑留者20人の遺族に記録を届けている。
6月10日、角川新書よりモンゴルでの日本人抑留問題に関する初の体系的な歴史書となる『モンゴル抑留 見捨てられた死者たち』を出版。前著『命の嘆願書 モンゴル・シベリア抑留日本人の知られざる物語を追って』(集広舎)は23年度のシベリア抑留記録・文化賞を受賞。ほかに共著『語り継ぐシベリア抑留』(群像社)など。
講演会参加について
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